教育格差をなくし、子どもたちにゆきとどいた教育を! 教育全国署名スタート集会

9月3日(土)午後1時半から 静岡のフシミヤビルで

「教育全国署名 静岡県スタート集会」
教育格差をなくし、子どもたちにゆきとどいた教育を!

全国スタート集会に参加した鈴木克洋氏あいさつ

2011_0903スタート集会鈴木克洋氏 全国の教育署名23回署名スタート集会に参加してきた。オープニングで、和光高校チアリーディングサークルによるパフォーマンスがあったり、高校生も参加する熱気あふれる集会だった。

千葉大学三輪定宣名誉教授による「教育支援を柱に東日本大震災復興を」と題したミニ講演では、被災地・被災者の教育条件の優先的整備とともに、国難克服の基礎として国全体の教育条件の飛躍的整備の必要性が訴えられた。

高校生や教職員から、「アルバイトしながら学費の工面をしている生徒 がたくさんいる」「給付型の奨学金の実現を強く望んでいる」「宮城県の復興計画に小中学校すべてで35人学級が盛り込まれた」「子どもの権利条約28条で 教育を受ける権利があるのに、バイトや家庭の都合で受けられない生徒がいる。自分たちで変えていきたい」(私立高校生)、「山口県でも、15年前に県議会 で採択されて以来、運動をねばり強く積み重ねる中で、今年小中学校すべての学年で35人学級が実現した」などの発言があった。

震災以来、授業料無償化見直しの意見が出てきている。その金を復興にまわせ、と。教育は受益者負担なのか、社会的責任なのか改めて考えねばならない時に来ている。

日本では教育は受益者負担でよい、と発言する人が多い。しかし、私が 大学の教育学部にかよっている頃の授業料は年間9000円くらいだった。アルバイトで月に3,4千円稼げた時代。ほんとうに安かった。「こんなに安く大学 で学べるのは税金で払ってくれているからだ。だから還元しなければ」という感覚を自然にもつことができた。

今の学生の学費は50万以上。私立なら100万円くらい。高い学費のうえ、給付型奨学金もないので、教育ローンを組んで、という人がほ とんど。借金はできないと進学をあきらめた高校生もいる。名ばかりの奨学金も実は借金。自分でアルバイトして苦労して進学したのでは、自分の利益のための 学びになり、なんで返さなくちゃいけないの?と思ってしまう。

受益者負担の考え方がまかり通っているが、教育は社会全体が責任を持つという考え方に変えていかないといけない。人間的な社会に変えていくためにも、意識の変換が必要だ。

 

講演

「今、福島の子どもたちは ~学校・地域から見えてくる生命・安全・就学は~」
斉藤毅 福島県立高教組 書記次長 福島県立北高校教諭

2011_0903斉藤毅氏13.11は、福島東高校の職員室にいた。入試の合否判定会が2時過ぎ には終わって、職員室でゆったりしているところだった。地震には慣れていたがなかなか揺れが収まらない。そのうちにロッカーが倒れ 職員室がごちゃごちゃ にかき回された。さいわい校舎はたおれなかったが、物を踏まないと出て行けない状態になった。休暇を取って家にいた先生がなくなった。

山のような黒い波が押し寄せてきて、車のアクセルをおもいきり踏んで全速力で坂道を登ったが、波に押されるように命からがら非難したという同僚もいた。想像を絶する事態だった。

半年たったが、福島では地震、津波、原発被害、風評被害と四重苦、複 合的な災害のなかにいる。放射線量も今は安定しているとはいえ、福島で暮らしていると、何も感じないのでマヒしてしまう。「風評被害」というが、汚染され ていることは確実。だが、福島の人はそれを食べている。

福島県の学校関係の被害は資料参照。福島高校では校舎はほとんど使用 できず、1年生を体育館の仮設教室で80人詰め込んで授業をやっている。保原高校でも校舎が崩れ2学年分しか教室が確保できず、1学年は自宅学習にした。 7月には仮設校舎が完成。郡山の安積黎明高校ではグラウンドに仮設校舎建設中。7月から夏休みになっている。

いわき海星高校にも津波が直撃した。小名浜高校に徒歩で避難したために教職員の高級自動車が津波に流された。

避難区域にある8校(分校も入れると9校)は県内各地の高校に間借りして授業を始めている。サテライト校と呼んで、1学年10人集まれば開校することになっている。しかし、生徒の学ぶ権利を保障する場としては問題が多い。

自分で選んだ学校に通えない。ただでさえ選択教科が多いのに、時間数の少ない教科の先生は学校を移動しながら授業している。実業高校では実習場所がない。部活動などの練習場所もない。生徒間の軋轢も生じている。

旅館や仮設住宅からの通学のため、通学が遠距離になり、2校時から始業の生徒もいる。終業が遅くなり、部活もできない生徒がいる。

転校してもなじめず戻ってしまう生徒。精神的に不安定となり、教室に入れない生徒。先生たちも肉体的・精神的につかれ、過労死が心配だ。

来年度もサテライト校で募集すると県教委はいうが、双葉高校には13人、浪江高校には8人しか希望がないという。地域に高校がなくなる心配がある。

宮城・岩手では教員を加配したが、周辺部に配置され、ほしいところには加配の先生は来ない。福島県は加配要求していない。子どもが避難 した学校の先生を加配に読み替えているという。小中学校では教員採用試験もできなかった。高校は実施したが、4教科だけ30人。しかし受験者は32人だっ た。

原発のそばに生活していたが、反対というのは教員、労働組合くらいだった。私自身も危険だとは思っていたが、自分のところまで飛んでくるとは思っていなかった。

学校は避難所になったが、その時プールの水をトイレに流した。放射線が一番飛んできたときに素手でプールの水に触れていたことになる。

ある高校の雨どいで20μSv/h、側溝の汚泥から80μSv/h、100μSv/hを超える学校もあったという。首都圏などの他県の過敏さと対照的な福島の鈍感さ。

除染したくても流す場所がない。表土を削って、ビニールシートをかぶせたり、4メートルくらいの穴を掘って埋めているが、ためる場所、埋める場所が問題。

政府は「学校などで許容される放射線量」を年間20mSv、1時間の限度を3.8μSv/hとして問題となった。それを撤回しないまま、「年間1mSv以下をめざす」と軌道修正。しかし福島県は国の指示待ち状態。ようやく全県民の健康調査を開始したり、全校に線量計を配布することになったが…。線量計が品不足で 発注はしたがまだ届いていない。

学校で線量マップをつくったが、線量の高いところを立ち入り禁止にしない学校もあるし、気にしない生徒もいる。データを出さない学校もあるという。

放射線に関しては、感受性・反応はいろいろ。家族内でも意見が割れているという。「祖母が毎日野菜を食えというが、相当内部被ばくしていると思うよ」という高校生がいた。

「福島でよかった。これが浜岡でおきたら日本全体に被害がおよんでいた…」という声もある。大変だ、と言っているだけでなく、福島から、脱原発を訴えていきたい。

2011_0903斉藤毅氏2

投稿日: | カテゴリー:トピックス, 教育文化 |